めたぶ

表ブログの裏側で書きなぐる裏ブログです

バッテリ上がりと交換

表のブログの方で「忘れ物」のことを書いたらやたらとアクセスが多かったのだけれど、それは私が忘れ物王者の過去をもっているからだろう。いや、過去だけの話じゃない。「うっかり忘れた」は、いまでも私の日常だ。恥ずかしいから裏で書いておこう。昨日、「うっかりキーを抜き忘れた」で、車のバッテリを上がらせてしまった。

車を運転するようになって20年近くなるが、バッテリを上がらせたのはこれが初めてではない。過去2回は、レスキューに来てもらった。それがけっこう面倒だった記憶があるので、以後、臆病になって、ときには数時間おきにちゃんと車のランプが消えてるかとか、ロックを忘れてないかとか、そんなチェックをするぐらいの日もある。そのおかげで10年ほどもバッテリ上がりを起こさずに済んできた。けれど、昨日、やってしまった。

日常とちがったルーチンのときに事故は起こりやすい。昨日がいつもとちがっていたのは、日中の暖かい時間にドライブレコーダーを設置していたことだ。この車は春から息子のものになる予定なので、安全のためにドラレコをつけろと、妻から厳命がかかっていた。なにせまだ免許もとっていない。初心者マークで乗り始めることになるのだから、この時代、ドラレコは必須だろう。設置を終え、動作を確認し、散らかった社内を整理して、そして、キーをそのままにしてしまった。あーあ。

今日は週に1回、実家の母親の買い物を引き受ける日で、特に午前中は病院への送迎があるからと、朝まともな時間に起きて、さて、出ようと車のキーを探したら、ない。ここで嫌な予感がした。案の定、挿しっぱなしで、そして、エンジンはかからない。やっちまったよ。

 

バッテリ上がりの場合、とれる対策は3つだ。

  • レスキューを呼ぶ。保険の種類によっては無料の場合もあるし、1万円とられる場合もある。電話一本で片付くので気楽といえば気楽だけれど、すぐに来てくれるかどうかはちょっとわからない。
  • 他の車から電気を分けてもらう。このためにはケーブルがなければならないが、私は持っていない。持っている人が近くにいれば、助けてくれるかもしれない。
  • バッテリを交換する。

以前はレスキューを呼んだわけだが、今回はちょっとためらわれた。できれば早くなおしたい。それに、いったん上がったバッテリは信用できない。レスキューは起動させてくれるだけなので、結局は車屋に行ってバッテリの状態を確認してもらい、場合によっては交換してもらわなければならない。二度手間になる。隣近所の車から起動用の電気を融通してもらうのは手っ取り早いのだけれど、あいにくの高齢化で、向かいも右隣も免許返納、車は処分している。左隣の車は、たぶん高級すぎて無理だろう。ハイブリッド車はバッテリがちがうと思う。

上がらせてしまったバッテリは半年前に交換したばかりだ。だからたぶん、充電すれば復活するのではないかと思うのだけれど、春からこの車は初心者の息子のものになる。初心者にはトラブルのもとになりそうなものはなるべくなくしておいてやりたい。バッテリは数千円からあるし、傷んでいる可能性のあるものを使わせるなら、いっそ交換だ。そう思って、バッテリを買いに行くことに決めた。幸いに、オートバックスは徒歩15分ばかりのところにある。

行ってみてちょっと驚いたのは、実はバッテリ上がりに第4の選択肢があったこと。それは、モバイルバッテリーの12Vバージョンだ。少し容量が大きめ(それでも最近買ったスマホの電池容量とあまり変わらない)のリチウムバッテリにケーブルが付属している。8000円ぐらいで売っているのだけれど、これがあれば他の車からケーブルを引っ張ってこなくても起動はできる。便利だろう。欲しいなと思った。ただし、買わなかったのは、これで解決しても、上記のように不安定なバッテリを息子に引き継ぐことになるからだ。ただ、将来的な便利のために、買っておいてもいいなとは思った。ふだんは携帯のバックアップ電源で使えるのだし。

item.rakuten.co.jp

ということで、バッテリを買いに行って、交換した。持ち帰るのに、意外と重いのにびっくりした。交換しようと思って道具箱を見たら、レンチの合うのがない。あったはずなのに、見当たらない。こういうのもまた、忘れ物王者の特性なのだろう。その代わり、以前に買っておいてどこに行ったのかわからなかったビットが出てきたりと、いかにも忘れっぽい人間らしい発見があったりした。

30分ほどゴソゴソやって、慣れないバッテリ交換が終了。やれやれ、忘れっぽい性格は余分な苦労が絶えないよ。

記事のリサイクルはうまくいかない

話題になっているトピックで、「ああ、これ、昔ブログに書いたよなあ」と思うようなことがたまに出てくる。特にもう閉鎖してしまったブログなんかの場合には、「あれなんだけどなあ」と残念になる。

昔のブログの記事は一応ほとんどバックアップとってあるので、リサイクルしようと思えばできる。こないだもそういうことがあって、ひっくり返したら出てきた。それをいまのブログに持ってこようと思ってちょっと作業を始めたのだけど、断念した。

基本的に書きたいことは変わっていない。内容も古びてはいない。けれど、やっぱり自分が変わっている。昔の自分といまの自分とはちがうから、いまの自分のものとして出すのにはためらいがある。昔のものだと断わって出すのも、なんかちがうような気がする。

といことで、ブログのリサイクルはうまくいかない。ということは、やっぱりブログの情報はフローなんだなあと思う。じゃあそこでストックされていくものがないのかというと、それは自分のなかにある。昔書いたものでも、それを流用するんじゃなくて、いまの自分としてそのストックから拾い上げてくる作業は欠かせないのだろうな。

情報はフロー

情報にはストックとしての側面とフローとしての側面がある。ストックとしての情報のイメージは図書館だし、フローとしての情報のイメージは電話の音声だ。情報は保存されるものでもあり、消え去るものでもある。

IT技術が日常的に使われるようになっていった20年ほど前ぐらいから、基本的に情報はストックベースで考えるようになった。なぜなら、パソコンで作成された文書は保存するのがデフォルトだし、パソコン上での動作はログをとられる。フローであるはずのメールでさえ、過去メールとして送受信が保存される。それを検索することで作業の効率が格段に上がる。そういう変化を体験すれば、やはり情報はストックしてこそという感覚になるのが当然だろう。

SNSの時代になり、その流れが変わった。確かにミニブログであるTwitterは過去ログを検索で掘り出すこともできる。けれど、そういった使い方は副次的なものであり、基本的にはタイムラインの流れを追うのがTwitterだ。そしてそれは、その他のSNSでも似たようなものだ。

 

それはわかっていたけれど、やはり私は情報はストックとして蓄積されてこそ力を発揮するのだと思ってきた。だから情報の本質はストックされることにあって、ストックがあるからこそフローがあるのだと捉えてきたフシがある。

けれど、流れない情報は、朽ちていくばかりだ。情報のストックは、そこから新たな流れを汲み出す人がいなければ、なんの価値も持たない。巨大な図書館は、それだけでは影響力を持たない。それを利用してそこから新たに情報を流す人の存在がなければ、情報としての力をもちえない。

いまごろになって、情報の本質はフローであって、ストックはそれを支えるために派生してきたのではないかと宗旨替えを考え始めている。

古いブクマを読み返す

はてなのブックマークは割と初期の頃にその存在を認識していたし、はてなの日記も使ったことはあったのだけれど、自分ではてなブックマークを使い始めたのは割と最近、ブログを使いはじめるちょっと前あたりからだった。ブログを始める助走みたいな感じで。

で、3年余りも使っていると、そこそこにブックマークも溜まってくる。去年の暮に「ああ、1万に到達するんだなあ」と思った。ちょうどその頃、増田かどっかで「古いブクマって、読み返すの?」みたいな話があった。そういうこともあって、「そうか、1万かあ」と思って最初の頃のを振り返ってみると、それはそれなりに、もういっぺん見返していいものもある。ただ、なかにはどうでもいいものもあるし、リンク先がもう消滅していて意味のわからなくなっているものもある。そういうのは置いておいても仕方ないので削除して、トップページに戻ると、1万までもう少し余裕ができている。

それ以来、ブックマーク数が1万に近づくたびに、古いのを読み返すようになった。100個ずつぐらいざっと見返してみて、「ああ、こういうのもあったなあ」と思いながら、不要なものを整理する。数日おきにそういうのを繰り返している。別に1万を超えないように調整しているつもりもないのだけれど、結果的にそうなっている。そうすることで、古い自分に向き合える。

それもまたおもしろい。

ブログをもうひとつつくった

はてなブログは無料で3つまでブログがつくれる。表のブログと、裏側のこのブログと、もうひとつは実は以前のはてなダイアリーから移転してきたものが占めていた。これは、ちょっと失敗作で、力を入れていた割には全然見当違いだったので、公開をやめていた。公開をやめていたけれど、残していた。

それを削除して、去年の年末に新しいブログをつくった。まだだれにも見つかっていないようで、アクセスはゼロ。割とプライベートな内容なので、仮に見つかってもそれほどアクセスは伸びないだろうと思う。しばらくは告知もせずに、続けてみようと思う。

古いブクマの被スター率

ブログをはじめる少し前ぐらいからはてなのブックマークを利用している。3年ちょっと前からということになるか。そのブックマークが1万に近くなったので、「どんなことをブックマークしてきたのかなあ」と思って、古いのを見ていた。いろいろ興味深いのもあったのだが、それはそれとして、スターが着いているのが多いのに気がついた。

最近でもスターはよくもらうのだが、傾向としてはまったくスターがつかないブコメが多くて、たまに数十からときには数百のスターがつく。だから平均すればたぶん最近のスター獲得数のほうが多い。けれど、古いのを見ていると、1個とか2個、せいぜい十数個の星しかついてないけれど、割と満遍なく黄色いのがついている。

そっちのほうが楽しかったなあという気もする。コメントが偏ってきてるのかなあ。

「丸」はなかった

ブコメで昔の戦争雑誌のことに触れたら割と反応があったので、実際にどんな記事だったのか、実例をあげてブログに書こうと思った。実家に行くついでがあったので、古い雑誌を探したのだが、見つからなかった。

おそらく、30年ほど前の改築のときに処分したのだろう。処分した記憶がないでもない。その際、同じ戦争関連でも、単行本の類は捨てなかった。そのほうが文献としてしっかりしているという非常にまっとうな理由だったのだが、そういうのにはあまりに程度の低い情報は載らない。

あの雑誌には、現代の視点から見れば相当に問題のある情報がけっこう載っていた。捨ててしまったのは、いまとなっては惜しいな。捨てたときには黒歴史の処分みたいな気持ちもあったように思うのだけれど。

5%の謎

表ブログのアクセス数が夜中の間に少しだけだけどいつもより伸びている。なんだろうなと思ってアクセス解析のところを見ていたが、とくにSNSで言及されたとかいった様子もない。ただ、アクセス元のパーセントの合計を出してみたら95%。もちろんこれが100%にならないのはいつものことなのだけれど、5%は多いし、たぶんこれが夜中のアクセス数の原因。

さて、この5%、いったいどこなんだ?

現実逃避

先月からやたらと表ブログに勤しんでるが、結局これって、現実逃避なんだと思う。忙しかったときに、いろいろと「次やるべきこと」の企画を立てた。時間ができたらぜひ取り組みたいことを積み上げた。そして、時間ができて、そこから逃げている。弱いなあ。

こんどはTwitter

前回のサージから半月もたってないのに前回を上回るサージ。1日で1万を越えたのは、ここのブログでは初めてだろう(以前に別ブログで何度かあったはず)。今回の流入元はTwitter

たぶん教育クラスタの琴線に触れたな。ああ怖!

雑なブコメを書いて後悔している

昨日書いたブコメにやたら星がついているのだが、これがどうにもスッキリしない。星がついてモヤるのは、奇妙なものだ。これ。

山本太郎から自民党を支持してきた皆様へ - 山本太郎|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

根本的な部分ではこの人の考え方は私と異なるのだけれど、とりあえずは頑張ってほしい。正しいことの比率は、少なくともどこかの巨大政党よりは遥かに高いのだから。

2019/06/30 20:43

b.hatena.ne.jp

なんでスッキリしないかというと、たぶん、ここに星を付けた人の大部分の思想と私の思想とは私とこの政治家との間の距離以上に離れているだろうと思うから。「自分とは異なる」ということで共感をよんでも、「どう異なるか」ということでずいぶんちがう。それがなんとも気持ちよくない。

 

民主主義とはそういうものかもしれない。いろいろな思惑でいろいろな人が一票を投じるが、一票にはその思想の差は書いていない。だから、「裏切られた」という感覚が生まれるんだろうなあ。

民主主義は、たしかに残念なシステムだ。ただ、「いままで試されたどのシステムよりも多少はマシ」であるだけで。

思わず今月はたくさん書いた

表ブログの方の話なのだけど、今月は8本も書いてしまった。ここのところのペースだと異常に多い。別段何があったわけではないけれど、やっぱりそれだけ仕事が暇なんだなと思う。翻訳が3月で終わって、税金とか書類仕事が続いてだいぶバテてたけど、ようやく回復してきたということか。

この季節には収入が減るからそっちも心配になってくるし、さて、どうするかなあ。やりたいこと、やらねばならないことはまだまだたくさんあるんだが。

突然のサージは終わった

いや、びっくりしたが、スマホのアプリ経由の流入が平常の2桁ぐらい上の分量で3日ぐらいかけてキレイな山になった。これまでもサージは何度かあったけど、だいたいは平常の10〜30倍程度までで、100倍近いのはやっぱり初めてだったように思う。

で、こういうふうに「バズったら人気ブログの仲間入り」とならないのは、過去のサージからもいえることだし、今回も早くも平常運転に戻りつつある。昔なら割とこういうバズり方をすると読者がついたんだが、いまはブログの時代じゃないんだなあということを痛感する。SNSで流れてナンボなんだなあ。

Smartnewsおそろし

表ブログのほうがアクセス大変になってる。ここまで集中したのは久しぶりというか、ひょっとしたら初めてかもしれない。アクセス元がスマホのアプリらしいSmartnewsで埋め尽くされてる。そういう時代なんだなあ。